トップ > 智恵子抄 高村光太郎と智恵子 ―その愛―
  

智恵子抄 高村光太郎と智恵子 ―その愛―

開催期間2010年4月29日(木)~2010年7月11日(日)
休館月曜日 (但し、5月3日は開館。5月6日は休館)
時間11:00~18:00 ※最終入館は17:30まで
会場菊池寛実記念 智美術館
ホームページhttp://www.musee-tomo.or.jp/index.html
住所東京都港区虎ノ門 4-1-35 西久保ビル
お問い合わせ先03-5733-5131

明治から昭和にかけて、彫刻や絵画、詩作、文筆活動と、幅広く活躍した高村光太郎。そして夫への愛に生き、自ら創作を試みながらも、精神を病み、道半ばで没した妻・智恵子。純粋な愛を貫いた2人の記憶は、光太郎が智恵子の没後に編んだ詩集『智恵子抄』によって、今なお鮮烈な印象を残しています。

自らが世を去る2年ほど前。智恵子は、光太郎が病床に持参した千代紙を日々丹念に切り抜いて、無心に創作を始めました。「内なる魂が成さしめた」としか言いようのない見事な芸術、それは“紙絵”千数百枚でした。その繊細な表現と独自の色彩感覚は、見る人すべてに深い共感を与えることになります。そして、昭和13年10月。愛する夫を残し、智恵子は現世から去りました。

現在、紙絵のオリジナルは、材質の脆弱さ故に公開が困難となっています。しかし光太郎の甥で写真家の高村規(ただし)氏によって複製され、鮮やかな色彩や細部まで鑑賞することが可能になりました。
本展は、光太郎の彫刻や貴重な詩稿などと共に、智恵子の残した創作の中から厳選・再現された紙絵を展示。日本を代表する芸術家・光太郎と、その精神的支柱でもあった智恵子の2人が遺した、純度の高い芸術を回顧していただけます。

高村光太郎 「手」 大正7(1918)頃 高39.0×28.7×15.2 撮影/高村規
高村光太郎 「手」 大正7(1918)頃 高39.0×28.7×15.2 撮影/高村規

高村智恵子 「花のかたち」 昭和12年(1937)頃 26.1×35.6撮影/高村規
高村智恵子 「花のかたち」 昭和12年(1937)頃 26.1×35.6撮影/高村規

高村智恵子 「ざくろ」 昭和12(1937)頃 17.5×17.7 (撮影:高村規)</div><br/>
高村智恵子 「ざくろ」 昭和12(1937)頃 17.5×17.7 (撮影:高村規)


トップへ
ニックネーム  
<コメント投稿に関する注意事項>
※投稿は、お客様の自己の責任において行うものとし、当社は、当該サービスを利用したことにより生じた損害に関する一切について何らの責任も負わないものとします。
※下記に該当・類似する投稿が発見された場合、予告無く、本サイト上から削除する場合があります。
 ・公序良俗に反するもの
 ・個人的な売買・譲渡を持ちかける内容、宣伝行為と判断したもの
 ・アートジェーンの管理運営を妨げる等、当社が不適切と判断したもの
Copyright 2017 Artefactory Inc. Allrights reserved.